ヒトとモノとウツワ ユナイテッドアローズが大切にしていること ヒトとモノとウツワ ユナイテッドアローズが大切にしていること

モノ

2020.11.19 THU.

『仙禽』。ユナイテッドアローズが出会った、誠実で革新的な酒造り。

10月、ua bar AOYAMA(青山 ウィメンズストア1F)とUA BAR(原宿本店 1F)で販売され、大好評だった日本酒「仙禽 × UNITED ARROWS」。ワインを学ぶ上で培った知識と経験を生かした現在の仙禽の酒造りは、日本酒の歴史を変えたと言っても過言ではありません。第二弾、第三弾の販売を控え、その歴史や哲学、ヴィジョンについて、改めて11代目蔵元の薄井一樹さんにお話を伺いました。

Photo:Go Tanabe
Text:Jun Namekata[The VOICE]

1_DSC4269 1〈株式会社せんきん〉
1806年(文化3年)に栃木県さくら市で創業した蔵元。大量生産の普通酒「仙禽」を販売していたが、11代目蔵元の薄井一樹さんを中心に2008年にリブランディングを敢行。革新的な酒造りを展開し、業界に新しい風を吹き込み続けている。

ー薄井さんは一度ソムリエの勉強をなさっていますが、そのきっかけはなんだったのでしょうか?

当時、田崎真也さんがソムリエの世界チャンピオンになったことに刺激を受けて、ワインというものに強い興味を持ったのがきっかけです。

ーいずれ酒蔵に戻るつもりで、ワインの勉強をなさったんですか?

実はそのつもりは全然なかったんです。というか、私も若かったですし、そこまで深く考えずやりたい道を進んでいたという感じですね(笑)。

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ーでは何をきっかけに、仙禽に戻られたんでしょうか?

ワインを学ぶためには、やはりワイン以外のことも知らなければいけません。料理との関係はもちろん、シガーとの相性も知っておく必要がある。もちろん日本酒の勉強もしなければいけません。そんな折、日本酒を深掘りしていく過程で、幼い頃から当たり前に触れていた自分の家の日本酒が、決して良いものではないということに気づいてしまった。以降も様々な日本酒を飲みましたが、その世界の奥深さを知れば知るほど、危機感を感じるようになった。これはなんとかしなければと思ったのが大きな要因です。

ーそこから新生 仙禽における薄井さんの改革が始まるわけですね。

まずはそれまで行なっていた、大量生産大量消費の機械工業的なものづくりから、伝統工芸的なものづくりへの移行を進めました。現存する酒造りの技法の中でもっとも伝統的な造り方である“生酛造り”を積極的に採用。これはワインで言うところのナチュールに通じるもので、手作業で酒造りを行う大変労力のいるものです。

さらに、当時はまだタブーとされていた“酸味”や“甘味”のある日本酒にも挑戦しました。当時の日本酒といえば“淡麗辛口“が王道。酸を感じるお酒は下手が造るお酒だとさえ言われていましたが、私はあえてそこに挑戦した。というのも、料理との相性や食前酒としての役割などを考えると、むしろ酸味や甘味のある日本酒があってもいいはずだと思ったからです。ちなみに当時私が造ったお酒のキャッチコピーは『甘酸っぱくてジューシー』。日本酒において絶対にあり得ないものでした(笑)。

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ーやはりワイン造りに着想を得た部分は大きかったのでしょうか。

ワイン造りに着想を得た、というとちょっと語弊があるかもしれません。自然にそうなったという方が正しいですね。

というのも、一般的に日本酒造りを生業にしようとする人は大学で醸造学というものを学ぶのですが、私はそうではなくワインからこの世界に入っている。結果的に日本酒というものの既成概念を、良くも悪くも持ち合わせていなかったんです。

なので、日本酒において当時はまだタブーとされていた“酸味”や“甘味”というものに全く抵抗がなかったし、ワインの造り方から見習うべき点は多くあるんじゃないかと自然に思えた。当時は強い逆風もありましたが、今思えばその偶然が功を奏したのだと思います。

ー今や、甘い、酸っぱい、ジューシーという形容詞は当たり前の様に使われるようになっています。

さらに仙禽の酒造りが他と比べて珍しいのは、上槽(もろみから生酒を搾る工程)をした後、何も処理せずに瓶に詰めてしまうところです。通常、上槽後に濾過をしたり澱引き(おりびき:しぼった後に残る澱を沈殿させ、除去する手法)をしたりと、ある程度の処理をしないと劣化しやすく危険なのですが、私たちはあえてそれらを行わない。結果、出来上がるお酒は非常にデリケートなものになり管理が大変になります。それをご理解いただける酒販店にしか卸ていないため、全国でも販売店が限られるんです。

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ー仙禽といえば、“ドメーヌ”という考え方を取り入れているという点でも注目を集めています。

ワインに比べると日本酒は、原料であるお米の特性が出にくいお酒なんです。ワインはぶどうの品種の香りがきちんとしますし、詳しい方であれば飲んだり香りを嗅いだりすればそれがわかる。対して日本酒は、味や香りだけで品種を特定することはプロでさえ至難の技です。逆にいうと、ワインは原料さえ良ければ美味しくできますが、日本酒は高い技術を要する。基本的には原料よりも工程が重視されてきたわけです。

しかし、私たちはあえて日本酒を原料から見直してみることにした。どこか知らない遠くの土地で作られたお米を使うのではなく、お酒を造る過程で使用する地下水と同じ水脈で育ったお米だけを使用する。生育環境が近ければ近いほど、絶対に相性はいいはず。それが、私たちなりの日本酒におけるドメーヌの解釈です。
※ドメーヌ:自社畑のブドウのみからワインをつくる、比較的小規模な生産者のこと。

ー生酛造りを採用し、上槽後は無加工で瓶詰め。原料にもドメーヌのアイデアを取り入れる。とてもピュアな酒造りだと感じます。

よく『新しいことをやってるね』なんて言われるんですが、むしろかつて行われていた手法を現代に蘇らせていることの方が多い。今は恵まれた環境でお酒造りをすることができますが、仮に色々な設備や機会が全て無かったとしたらどうするか? そうやって、よりプリミティブな環境を仮定してものづくりを考えてみる。“自然に逆らわないお酒造り”は私たちにとって大事なポリシーのひとつなんです。

5_DSC4346 1異なるお酒の混ぜ合わせるアッサンブラージュ。配分量を記録しながら試飲し、理想の味わいを探す。仙禽のお酒は香りが華やか。ワイングラスで飲むのが理想的だ。写真は薄井さんの弟であり、杜氏を勤める薄井真人さん。

ーそして仙禽といえば“アッサンブラージュ”。これも重要なポイントです。

完成したお酒を何種類か混ぜ合わせて、新しいお酒を造る。私たちが4年ほど前から取り入れている手法です。日本ではブレンドという方が馴染深いと思いますが、ちょっとニュアンスが違う。というのも日本におけるブレンドは味の均一化のために行われていることが多いのに対して、ヨーロッパのアッサンブラージュは味わいに個性を求めて行われることが基本。1+1で2を求めるのではなく、1+1が未知数という考え方なんです。仙禽の中で一番高いレンジのお酒である「醸」は、まさにその賜物ですね。

ー故きを温ね、新しきを知る。まさにそんなお酒造りという印象です。

まさに。ここまでお話を聞いていただいてわかる通り、ナチュールもドメーヌもアッサンブラージュも、フランスでは古くから行われている手法。私が生み出した手法でもなんでもなく、ただそれを日本酒造りに置き換えているだけ。ちょっと視点を変えることが大事なんですね。しかし、そこに不要な既成概念があると進化は止まってしまうことがある。伝統を重んじながらも柔軟に、革新的に。常にそういった姿勢で取り組んでいます。

6_DSC4184 17_DSC4192 1左:精米した米に圧力をかけてタンパク質を分解。粘り気をとる「ふかし」。いい麹を作るための大切な工程だ。
右:麹を育てるための製麹室(せいぎくしつ)。湿度と温度が徹底管理されている。

8_DSC4204 19_DSC4207 1左:製麹室で寝かせておいた麹をほぐす工程も全て手作業。
右:白く見える部分がカビ。これを理想的なバランスで繁殖させることでいい麹が完成する。

10_DSC4227 111_DSC4224 1左:酒造りの要である「酒母(アルコール発酵を促す酵母を大量に増殖させたもの)」を育てる工程。仕込み水、米麹、蒸米に加え培養酵母を添加するのが主流だか、ナチュールでのお酒作りにおいては、添加は一切行わず自然な環境で作られる。

12_DSC4285 113_DSC4287 1出来上がった酒母を損なわないようゆっくりと汲んで樽へ。

14_DSC4232 115_DSC4191 1酒母をタンクに入れ、麹、蒸米、水を加えて発酵させる。期間は約3週間から1カ月。発酵した状態を「もろみ」と呼ぶ。木樽(写真左)を使うものもあれば、ホーロー製の樽(写真右)を使うものもある。

ーこの度、縁あってユナイテッドアローズとのコラボレーションで新しいお酒を造らせていただきましたが、オファーがあったときはどの様な印象だったでしょうか?

学生の時からお世話になっていたセレクトショップですから、もちろん嬉しかったですし光栄でした。また、これは私の勝手な解釈ですが、伝統的な部分を尊重しながらも革新的なことに取り組む姿勢にも大変、共感がもてた。面白いお酒ができるんじゃないかという大きな期待感がありましたね。

ーアッサンブラージュで造らせていただいたお酒はおかげさまで即日完売となりましたが、改めて、その仕上がりについて薄井さんのご感想をお聞かせ願えますか?

16_DSC4306 1オリジナルのアッサンブラージュで完成した、ユナイテッドアローズ別注の仙禽。薄井さんを「今までで一番うまいアッサンブラージュかもしれない」と言わせた一品。

爽快なマスカットやバナナを思わせる香りが漂い、口に含むと、存在感がありジュわっと甘味と酸味が同時に押し寄せてきます。クリアで重心が高く、アフターは丸く甘味が口の中をコーティング。芳醇で美しい酸味には独自のキレ味があり、熟成によりバランス感のとれた円熟した酸味と甘味も感じられる。ミネラル感あふれるシルクのような心地よさのある、秋から冬にかけて季節の節目にふさわしい珠玉の味わいになったと思います。

仙禽が作ってきたアッサンブラージュのお酒の中でも、最も美味いお酒の一つになったのではないでしょうか。第二弾は第一弾と同じアッサンブラージュのお酒を追加生産しますが、第三弾はクリスマス向けにまた特別なものとなる予定。どうなるのか、私自身も楽しみです。

ー最後に、仙禽の今後の展望についてお聞かせください。

私としては、今回のこの取り組みはとても有益なものだったと思っています。というのも、洋服や映画、アートなどに高い関心を持っていながら、お酒にはまだ興味がわかないという方がたくさんいらっしゃると思うんです。私たちはそういう方たちにこそ、新しいお酒の魅力を伝えたい。そしてナチュールの精神で造る日本酒を、より広く世界に発信していきたいと考えています。これからも期待していただければ嬉しいです。

PROFILE

薄井一樹

株式会社せんきん 十一代目蔵元 専務取締役。日本ソムリエスクール卒業後、同校で講師として勤務。2004年にせんきんへ入社。傾いた経営を立て直すため、ソムリエで得たワイン学を停滞する日本酒業界へ導入。「ドメーヌ」や「ナチュール」の思想理念を取り入れ、新時代の日本酒を目指す。
http://senkin.co.jp/

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