
モノ
2021.03.26 FRI.
京都・丹後に息づく織物文化の魅力とは。
〈ビューティ&ユース ユナイテッドアローズ〉では、約300年の伝統を誇る「丹後ちりめん」などで名高い織物の名産地、京都・丹後地域で作り上げたシャツコレクションを昨季に続いてリリースします。そこで古くから地場に根付く独自の製法と、それによって紡がれてきた風合い豊かな生地の魅力に迫るべく現地を訪問。伝統の絹織物を軸にコットンやポリエステルなど多様な素材を使った野心的な生地製造を手掛ける「宮眞株式会社」代表・宮﨑 輝彦さんに丹後の織物文化の奥深さを語っていただきました。
Photo:Shunya Arai(YARD)
Text:Kai Tokuhara
約300年もの間、地元産業を支え続ける「丹後ちりめん」とは。
ー宮﨑さんは生まれも育ちも丹後でいらっしゃいますか?
はい。高校卒業まで丹後で過ごし、関東の大学を卒業した後、27歳で丹後に戻って家業を継ぎました。うちは会社としては創業70年ですが、機屋としては100年以上続いています。丹後では一番古いところだと江戸時代から残っている機屋さんもありますね。
ー丹後の織物といえば「丹後ちりめん」が有名ですが、どのような生地なのでしょうか?
丹後には1200年ほど前から織物の歴史がありますが、ちりめん産地として有名になったのは約300年前。当時の人々が西陣から撚糸(ねんし※)の技術を持ち帰って織るようになったのがはじまりと言われています。ちりめんの定義は、経糸(たていと)に撚り(より)のない生糸(きいと)を、緯糸(よこいと)には強い撚りをかけた生糸を、それぞれ交互に織り込み、生地にした後に精練することによって糸が収縮して凹凸状のシボが出た織物。そこからさらに撚糸を上から組み合わせて表情を出していく、いわゆるジャカードものがどんどん生まれていきました。
(※)糸にねじりを加えること。
こちらが丹後ちりめんの一種。写真を通してでも生地の繊細な織りが伝わってくる。
ー具体的にはどういった製法で織られているのですか?
糸の太さにもよりますが、細い糸だと1mで3000回以上撚ります。太い糸でも1700から1800回ほど。糸が弱ければ弱いほどねじれから戻ろうとする力が弱いのでたくさん撚らなければならず、逆に太い糸ならそれほど撚らなくてもねじれた状態がキープされるので撚りの回数を抑えているというわけです。また生糸は中心がフィブロインという光沢のある成分でできていて、その外側をセリシンという紫外線や傷から守ってくれるガリガリとした硬い材質がコーティングのように覆っているのですが、お湯で濡らすとそのセリシンが半分溶けたような状態になって撚りやすくなるのです。
ーその製法が丹後独自のものだから「丹後ちりめん」と呼ばれているわけですね。
もともとは西陣から入ってきた技術が次第に丹後でやりやすい形に変わっていったのだと思います。わたし自身は大学を卒業後に京都市内で働いた後、丹後に戻ってから織物の設計書を見て製法や糸の性質などを学び、現場で職人さんたちと一緒に機を織ったり、撚糸をしながら覚えていった感じですね。
丹後ちりめんの製造工程は、宮﨑さんが代表を務める宮眞株式会社と同じく、1949年の創業以来、糸にねじりを加える撚糸から機織りまですべての工程を自社工場で行っている「田勇機業株式会社」にて撮影させていただいた。こちらはベースとなる生糸。
水を落としながら緯糸に1mあたり3000〜4000回の強い撚りをかけていく「湿式八丁撚糸」。この工程が丹後ちりめん特有の「シボ」のもととなる。
八丁撚糸で撚った糸は、「乾式イタリー撚糸」によってさらに撚り合わせて緯糸を完成させる。
このように撚糸の工程を経た糸は、強いねじりが加わっている。
この工程は、経糸を織機に仕掛けるために、枠に巻き取った糸を一定の張力と長さで整えて織物の長さと幅に揃える「整経」。
そして「製織」。まず経糸を織機にかけ、そこに緯糸が加わり、ジャカード機によって美しい模様が織り出される。
“開かれた丹後”をテーマに、地元活性化プロジェクトを展開。
ー現在、丹後では「TANGO OPEN」という地場産業の推進プロジェクトも展開されているそうですね。
昨年がちょうど丹後ちりめん誕生300周年の節目だったこともあって、将来に向けて丹後の織物文化を守るために何ができるのかということを行政と一緒に話し合い、視野を狭めずに丹後そのものをもっと“開かれた”場所にしようと。「丹後に来るとこんな面白い文化があるんだよ」ということをもっと積極的にアピールして、認知度を高め、たくさんの人が移り住んでモノづくりをしたくなるような産地にしたい。また世界に向けても丹後の魅力をアピールしたいというのがプロジェクトの主な趣旨です。
ー宮眞さんで手掛けられた〈ビューティ&ユース ユナイテッドアローズ〉のシャツも、そのTANGO OPENの展示会がきっかけだったと聞いています。
そうですね。TANGO OPEN事業の一環として赤坂のユナイテッドアローズ本社で展示会をさせていただく機会がありまして、そこで弊社の特徴的な生地をいくつか展示したところ、ある綿の生地をビューティ&ユースさんに興味を持っていただいて。それをきっかけに一緒にモノづくりをすることになりました。
ーしっとりとした独特の手触りと言いますか、通常のブロード地よりもかなり柔らかな印象を受けます。
実は丹後の織物文化のもうひとつの特徴が「シャトル織機」。経糸が出てくるところまでの距離が非常に長いというのが特徴で、それによって織物の経密度が高くなり、より経糸の風合いが強く出るのでこういった柔らかい風合いになるんじゃないかなと思っています。また回転数も遅い方なのでそのぶん糸が引っ張られないと言いますか、“糸がリラックス状態”でキレイに密度を高めていくので空気を含んだように織り上がっていくのです。この長繊維用のシャトル織機を使っているのはいまや丹後と北陸くらいではないでしょうか。
ーそのシャトル織機を扱う上で、気を使っているポイントはありますか?
織機上で糸が緩んでも張りすぎてもダメなのですが、そのさじ加減は職人さんの感覚次第。例えば、晴れて乾燥している日と湿気の多い日で巻き方を変えたりもしますね。
こちらが宮眞で使われている「シャトル織機」。40年以上稼働し続けているという。
ーなるほど。そのような感覚も含めた「技」はどのように若い世代に継承を?
経験豊かな職人さんと新しい人たちが常に一緒に織る状況を作りながら情報のやり取りをするようにしています。そこからだんだんと覚えたことをベースに工夫するようになり、各々のスタイルが作られていきます。伝統の技術はもちろん大事ですし、大方のルールは伝えますが、現場には現場のやり方や直し方があるのでそこで各々が自分なりに学んでいく感じですね。
ー織物文化の伝統や丹後ちりめんという名産を絶やさないために、次世代の育成に向けて取り組まれていることはあるのでしょうか。
実は京都には丹後以外にも織物や機械金属の産地が多いため、府・町が織物従事者向けの人材育成講座を織物機械金属振興センターという施設で開いていまして、織物文化の振興に力を入れてくれているんですよ。うちでも新しい人が入ると、まずはそこで2カ月ほど研修を受けてもらいます。TANGO OPENもそうですが、そのように行政のサポートがあることは非常に大きいですね。
丹後の豊かな自然環境も世界に向けて発信したい。
ー先ほど湿度の話が少し出ましたが、丹後の気候や風土の特徴が織物に与える影響もあるのでしょうか。
もちろんありますね。これは日本全国共通していると思いますが、糸は乾燥すると切れやすく、適度に水を含んでいる方が繊維自体に膨らみが出て強くなるのでやはり湿気がある地域のほうが織物は栄えます。その点で丹後は海が近く、また山から海にかけての距離が短いので川も結構多い。水に恵まれた地域ですし、夏場は湿気をたっぷり含んだ海風が吹き、冬でも11月頃から天気雨がよく降るなど1日の中でコロコロ気象状況が変わる日が続いて湿気が多くなりがちなので織物には非常に適していると思います。
ーちなみに丹後で暮らす皆さんの人柄も、モノづくりに関係する部分はありますか?
丹後はどちらかと言うと前に出るタイプの人が少ないですね。寡黙で真面目で、結構辛抱強い人が多いので、もしかしたら織物や農業、金属業といった根気が必要とされるモノづくりに向いているのかもしれないですね。
「日本のヴェネチア」とも呼ばれる丹後半島の名所、伊根町。1階が船のガレージになっている「舟屋」が海辺に寄り添うようにずらりと連なる景観が美しい。
日本三景「天橋立」が一望できる「大内峠一字観公園」からの壮大な眺め。丹後に足を運ぶ際にはぜひ訪れたい場所だ。
ー宮﨑さんご自身が、一度離れたからこそ改めて実感した丹後の魅力とは?
ここに帰ってきて久しぶりにゆっくり景色を眺めたときに、「ああ、丹後ってこんなにいいところだったんだ」と。空気が良くて、山も海もあって。子どもの頃に日々何気なく食べていた魚のおいしさにも大人になって気づきました(笑)。またこの仕事をはじめてから展示会出展のため海外に行った際に、改めて丹後の織物技術の素晴らしさも実感しました。世界中探してもここまでちりめんを丁寧に織れる機屋さんは丹後にしかないなと。
ーTANGO OPENにはまさに織物の文化を世界に向けて発信するというコンセプトですが、同時に土地の魅力をもっと広めていきたいという想いもありますか?
もちろんありますね。織物だけでなく、食や風土も含めた丹後の魅力を発信していきたいと思っています。近年は丹後出身の料理人たちがここに戻ってきて面白いお店を開いたりもしていますし、丹後を良くしたいと思う人たちが自然発生的に集まって情報を共有するようになってきました。彼らとのローカルな繋がりを大切にしながら、外に向けてより良い形で発信するのはどうすべきかを定期的に集まって話したりしています。そういったグループを少しずつ広げていって、丹後全体を盛り上げていきたいと思っています。
ビューティ&ユース ユナイテッドアローズのシャツを手掛けるなど洋装用の生地を主に製造する宮眞株式会社・代表の宮﨑 輝彦さん(左)と、着物用の生地をメインにしている田勇機業株式会社・代表の田茂井 勇人さん(右)。ともにTANGO OPENのメンバーとして丹後ちりめんの魅力を広げるために尽力している。
PROFILE

宮﨑 輝彦
1974年生まれ。1999年宮眞株式会社入社後、2016年代表取締役就任。洋装用の生地製造業社として創業70周年を迎える。また、近年は地場産業である丹後の織物文化の発展にも力を入れている。http://www.tango-miyashin.com