
モノ
2019.12.12 THU.
ファッションデザインにおけるサードウェーブ。
「テクスト」を通して知る本当のサステナブル。
ここ数年、“サステナブル(=持続可能な)”という言葉をよく耳にするようになりました。でも、その言葉の意味を理解している人はどれほどいるでしょうか? 「ユナイテッドアローズ 青山 ウィメンズストア」で今季から取り扱いをスタートした〈テクスト(TEXT)〉は、「Farm to Closet(農場からクローゼットへ)」というテーマのもと、サステナブルをキーワードに服づくりを行うブランドです。服の原料や生産背景のトレーサビリティにとことんこだわり、服づくりに関わる人々の生活をサポートすることも忘れない。そして、お客さまからのアフターケアもきちんと行う。「ファッションは社会問題を解決するためのデザインが必要になっている」とはデザイナーである石川俊介さんの言葉。いま、どうしてサステナブルが必要なのか? その答えを石川さんに教えてもらいました。
Photo:Takeshi Wakabayashi
Text:Yuichiro Tsuji
伝えたいことをきちんと伝えるためのブランド。
―〈テクスト〉をスタートした経緯を教えてください。
石川:2012年から2013年にかけて、ぼくとカカオハンターの小形真弓さんのカカオを使って中目黒でチョコレートのお店をやっていたんです。小形さんは実際にコロンビアの農園へ行って、農家の人たちと話をしながらカカオを育てている方で、食の世界ではそうしたことが当たり前のように行われているのに対して、服の世界ではどうだろう? と疑問に思ったのが〈テクスト〉をはじめた大きなきっかけです。
―もともと石川さんがデザインをされていた〈マーカ(marka)〉や〈マーカウェア(MARKAWARE)〉では、国内のものづくりにこだわり、下げ札には工場の名前を記載するなど、トレーサビリティにこだわった活動をされていました。でも、それだけではまだ足りなかったと。
石川:自分のつくる服に対してきちんと責任を持ってやっていこうとすると、原材料まで踏み込む必要がありました。たとえば、その前から少しずつオーガニックコットンを使ったものづくりをしていましたが、本当にそれがいいものなのか? ということは自分の目で見て仕入れてみないとわからない。当時からファッション産業がさまざまな問題を抱えているというのは耳にしていたし、それがどんな人たちによって、どのようにして育てられているのか? というところまできちんと把握したかったんです。
―なるほど。新しいブランドとしてスタートしたのは理由があるんですか?
石川:〈マーカ〉や〈マーカウェア〉にはすでにできあがったイメージがあります。だから新しいブランドとしてスタートしたほうが、伝えたいことをきちんと伝えられると思ったのが理由です。
本来は“サステナブル デベロップメント”。「持続可能な開発」という意味。
―先ほどの話に戻りますが、そもそも石川さんがトレーサビリティを意識するようになったのはどうしてなんですか?
石川:〈マーカ〉を2002年にスタートして、17年ほど服のデザインをする中で、国内の工場と直接やりとりを行いながら日本でものづくりをすることにこだわってきました。日本の古い技術を使いながらものづくりをしていることをみなさんに知って欲しかったというのが理由です。下げ札に彼らの工場名を記載することで、工場は誇りを持って仕事に取り組めるし、お客さんとしても安心に繋がるんじゃないかと思ってのことでした。
あとは海外生産が増えていった1990年代初頭から現在にかけて、国内の繊維関係の工場は4分の1ほどに減っているんです。そうした状況に対して危機を感じたのが大きいです。
―日本でものづくりができなくなってしまう、と。
石川:それと工場内における労働環境にも目を向けたかったし、先ほど話した原材料にもっと踏み込んだものづくりもしたかった。以前はいろんなことをバラバラに考えていたんです。トレーサビリティはもちろん、人権問題もそうだし、原料探しや工場や農家の人々の暮らしもサポートしたかった。でも、それが“サステナブル”という言葉を知ったことでひとつにまとまった感覚がありました。頭の中で散らばったパズルのピースがはまり合うような感じです。
―サステナブル。ここ数年でよく耳にするようになりましたよね。
石川:国連も「SDGs(Sustainable Development Goals)」という目標を掲げたり、アメリカやヨーロッパ諸国の人たちを中心に環境や人権をはじめとするさまざまな問題に取り組んでいます。とくに若い世代が熱心で、すごいパワーを感じますね。そうしたことを意識していかないと、経済も含めて、状況がいい方向に向かわないという気持ちが強いんです。
―ファッション産業が抱える社会問題にフォーカスすると、大量生産や廃棄による環境汚染や、工場での人権問題など、山積みです。それを解決するために、サステナブルな取り組みが必要だと。
石川:ぼくがサステナブルでやっていきましょうと周りに話をしたとき、それに賛同する人はほとんどいませんでした。とくに工場の人たちに理解してもらうのが難しかった。お客さまに関しても、国内においてはまだまだその考えが浸透していないのが実状です。どの方向を向いても厳しい状況でした。サステナブルと聞くと、エコや「オーガニック使えば平気」といった考えになりがちです。
―真の意味でのサステナブルはもっと大きくて広い意味を持つものということですか?
石川:エコはひとつのカテゴリーでしかないし、サステナブルに含まれる考え方のひとつです。いろんなことを対立させずにどう共存させるかが大事なこと。“サステナブル”っていう言葉は形容詞なんですよ。本来は“サステナブル デベロップメント”。「持続可能な開発」という意味なんです。
ファションデザインにおけるサードウェーブ。
―実際に〈テクスト〉で行われているサステナブルな活動について教えてください。
石川:活動の話の前に、ぼくが考えていることを少しだけ話させてください。最近頭の中で整理がついたことがあって、ぼくのやろうとしていることはファッションデザインにおける第三の波だと思っているんです。
―第三の波というのは?
石川:そもそもデザインというのは問題を解決するためのものです。いちばんはじめに人間が衣服を身にまとったのは、体を守って、快適に過ごすため。それからファッションという言葉ができて、いかに体を美しく見せて、社会的な属性を表現するようになった。90年代の後半になると、ファッションデザインは最終的な進化のポイントに到達します。マルタン・マルジェラを筆頭にアントワープ系のデザイナーたちがポストモダン、脱構築的なことを完成させました。これが第一の波です。
そこからたどりついたデザインを流用して、どれだけ低価格で短時間にたくさんの人に売れるか? という考えのもとでファストファッションが生まれた。一方ではシンプルでベーシックな服をとにかく安く売るお店も現れた。効率の時代ですね。これが第二の波です。
ぼくが考える第三の波というのは、ビジネスや経済観念も含めた上で、社会問題を解決していくためのファションデザインのことです。これはコーヒーのサードウェーブと同じで、農地まで入っていって原料自体はもちろんのこと、彼らの環境も改善すること、そしてそれをフェアトレードしましょうという考え方。ぼくらもそれをファッションでやる時代が来たんだと思います。
―なるほど。
石川:そこで〈テクスト〉がやっているのは、いろんなところへ訪れて服の原材料となるコットンやウールなどの繊維を直接仕入れることです。具体例を示すと、最近だと南米ペルーのアマゾン川の最上流に行ってきました。そこではコットンを育てているんです。アマゾンの素晴らしいところは、山の中を2年間だけ切り拓いて焼き畑にして、16年という歳月をかけてまた森に戻すみたいなことをしているんです。熱帯雨林なのでとにかく雨がよく降る代わりに、雨に強いコットンが採れます。
山全体を焼き畑にするのではなく、一部を2年かけて切り拓き、16年かけて森に戻す。
収穫前のオーガニックコットンの様子。コットンボールが下向きに育ち、熱帯雨林の雨が流れ落ちる。
収穫後は綿を乾燥させ、綿と種を分けてそれぞれ出荷する。
その村ではバナナやカカオも育てていて、それを売って生活しています。でも、問題もあります。最近は収穫したコットンのタネを取る工場が閉鎖してしまって、コットンの生産が継続できなくなっているんです。だから工場の再生に向けてぼくらも支援をして、彼らの生活を支えるということもしています。彼らはコットンの生産を継続することで労働機会が減らずに済むし、それを売ることで収入を得ることができる。そしてぼくたちはいい原材料を手にいれることができます。
―ひとつの動作でいろんなことが活性化されますね。
石川:もうひとつその村であった問題は、男尊女卑の考えが蔓延していたことです。ひとりのおばさんがそうした問題を対外的にアピールしていて、彼女をサポートすることで性差別ゼロに近づくことができます。
―そうして獲得した原材料を今度は日本の工場で服にするということですよね。そこではどんなことをしているんですか?
石川:技術を持った古い工場を残し続けたいなと考えています。海外からの人材ではなくて、なるべく日本の若い子たちを迎えてほしいということで話をしたり、労働環境を整えることに力を注いでます。日本の繊維産業にある工場のほとんどが零細企業なんです。彼らにそうしたサステナブルの考えを落とし込んで、工場を成長の軌道に乗せること。これはぼくらにとっても絶対にやらなければならないことのひとつですね。
現地でコットンから糸が紡がれる様子。
同じ価値観を持つ人たちと手を取り合ってできること。
―一方では「ファッションは楽しくあるべき」ということを石川さんは他のインタビューで答えられていたのを拝見しました。それは、お客さまが〈テクスト〉の服を着ている時間のことだと思うんですが、服のデザインに関してはどんなことを考えてつくっていらっしゃるんですか?
石川:大枠としてはなるべくスタンダードなものにしています。できるだけ長く着てもらうことが大事だと思っているからです。とはいえ、そこに面白さや驚きも取り込まなければ楽しくない。そういう意味で、サイズ感やシルエットにちょっとした変化を加えたり、柄で遊びを取り入れたりしています。
アルパカを染めることなく自然の色のまま利用し、その原料で織った生地をつかったコート。
デザインのことに話を戻すと、素材づくりからデザインがはじまっているというのがぼくの基本的な考え方です。さっき話したペルーのコットンや、アルパカ。あとはアルゼンチンのオーガニックウール、インドのコットンなど。そうした原材料は大量生産が難しい。だからこそ、大手にはできないことができます。ミクロの中にある問題を発見して、それをみなさんに提示することができます。たとえば、いまは来年の秋冬の仕込みをしている段階ですが、世界ではじめて使うアルパカの毛をペルーで見つけてきたので、それで服をつくっているんです。そういうことを提案していきたいんです。
ブラックアルパカが生息するアンデス高原の標高は4〜5000メートルで、1日の寒暖差が35℃前後もある。
アンデス高原の厳しい環境下でも適応できるアルパカの毛は、一本一本の繊維が細く長いのが特徴。
―そうした原材料のネタはどのようにして探すんですか?
石川:アルパカの話でいうと、ペルーにそういう相談をできる人たちがいるんです。70年代からそうした動きをしている人もいるし、大きな会社から独立した若い子たちに至るまでさまざま。彼らに相談をすると、いろいろなアイデアをもらえるんです。
―人と人の繋がりなんですね。
石川:全部そうです。
―それがファッションデザインにおける第三の波を実行するのに有効であると。
石川:そうですね。同じようなことを考えている人たちと手を取り合うことで小さな渦を大きくすることができます。国内においても、紡績さんや専門商社のマニアックな人、機屋さんの中にも原料にすごく詳しい人がいて、そうした人たちとネットワークをつくっているんです。
―とはいえ、そうした活動をするのは簡単なことではないと思います。石川さんの足を動かす原動力はどんなところからやってくるんですか?
石川:単純に自分の好きなことと重なっているんです。もともとぼくはヒッピーカルチャーも含めてカウンターカルチャーに影響を受けています。それに加えて旅をすること、食べること、そして服をつくること、これが自分の好きなことで、それを全部ひとまとめにしてたどり着いたのがいまやっていることなんです。
生産者の人たちの言葉も含めてストーリーを服に込める。
―先ほど問題解決のためのファッションデザインという話がありました。改めて、いまファッション産業に必要なことはどんなことであると考えていますか?
石川:構造的な転換点に来ていることをみんなが認識しないといけないですね。国内のファッション産業はジワジワと売り上げが減っています。そうした状況を打破するには、根本的な構造転換が必要です。いままでと同じではなく、変えていかないと。
あとは知ってもらうことの責任ですね。お客さまは情報に触れてさえいれば、ぼくたちが説得しなくてもどこかでそうした意識を持ってくれる。ふと気になったときに、そうしたサステナブルなものを少し高くてもいいから買ってみようってなると思うんです。だから、そうしたことをメディアを通じてぼくたちがたくさんの人に伝えていく必要も感じています。
―〈テクスト〉の服を通して、そうした社会問題を意識する人が増えてくれたらいいですね。
石川:そうですね。ぼくらの最大の強みはなにかというと、生産者の人たちの言葉も含めてストーリーを服に込めてつくることで、どういう問題があるかも含めて伝えられるかと思っていて。それをしながら広めていくことをやっていきたいです。
ぼく自身も新しいものをどんどん探していきたいので、もっといろんなところを旅したい。自分はデザイナーであるけれど、半分ジャーナリストでもあると思ってるんです。だから、各地でいろんなことを見て、発見して、それを伝えていくというのが理想です。
PROFILE

石川俊介
1969年生まれ、兵庫県出身。2003年に〈マーカ〉、2009年に〈マーカウェア〉を発表し2ラインでブランドを展開。今年の秋冬より「Farm to closet(農場からクローゼットへ)」というテーマのもと、サステナブルなブランド〈テクスト〉を設立した。