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伝統をまとう器と、日本酒で迎える新年

ウツワ

2025.12.23

伝統をまとう器と、日本酒で迎える新年

古来、日本には、おめでたい日にお酒を飲んで幸福を願う“祝い酒”という風習があります。神さまにお酒を供えて感謝を捧げ、そのお下がりを飲むことで福を分かち合い、絆を深めてきたのです。特に新しい年の始まりであるお正月は、「この一年がめでたく幸せであれ」という願いを込める大切なとき。元旦(元日の朝)に「おめでとう」と言い合い、屠蘇を飲み回して雑煮を食べる「年祝い」は、これからも受け継いでいきたい大切な日本の伝統です。ここでは、そんなお正月におけるお酒やお屠蘇の文化を紐解きながら、今の暮らしに寄り添う自分らしい新年の迎え方をご提案します。

Photo: Waki Hamatsu
Styling: Rina Taruyama
Edit: Shoko Matsumoto
Text: Shiori Fujii

お正月にお酒をいただくのはなぜ?

昔から、「御神酒(おみき)あがらぬ神はない」と言われています。御神酒とは神に捧げるお酒のこと。その年に穀物が無事に収穫できたことを神さまへ感謝し、翌年の豊穣を祈るために供えられてきました。神さまへの感謝や称賛、新たな恩恵を願う言葉である祝詞(のりと)においても、神饌(しんせん)の順位を「御飯(みけ)、御酒(みき)、御餅(みかがみ)……」と記します。このことからも、米を原料とする飯と酒、餅は、農耕社会である日本で最上のご馳走とされてきたことがうかがえます。

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現代のお正月は松の内のおよそ7日間とされていますが、かつては12月の初めから約2ヶ月ほど、ゆるやかに長く続く、家庭でいちばん大きな年中行事でした。だからこそ最上のお供えものであるお酒を鏡餅などと一緒に神棚にお供えし、年神さまを迎えてきたのです。御神酒のお下がりには霊力が宿るとされ、口にすることでご利益を授かると考えられています。また、それをみんなで分け合って飲むことは、人と人との結びつきを強めることにもつながります。お正月にはお酒が欠かすことのできない存在なのです。そんな日本酒は、お世話になっている方へのお年賀としても、気の利いた贈り物になります。お年賀を贈る時期の目安は、「松の内」までです。

お屠蘇とはどんなもの?

神さまに供えるお酒を御神酒とすると、家族の健康と邪気払いのために元旦にいただくのがお屠蘇です。お屠蘇とは、日本酒または本みりんに、さまざまな薬草や香料を調合した屠蘇散を漬け込んだ薬酒のこと。「屠」には邪気を払う、「蘇」には魂がよみがえるという意味があり、新年を清々しく迎えたいという願いが込められています。その期限は、中国・後漢末期までさかのぼります。当時の名医・華佗が風邪の予防薬として作り、年末に知人たちに贈ったところ、その効果が評判となったのだとか。やがて日本にも伝わり、9世紀初頭に嵯峨天皇が飲んだことから、宮中で薬酒として飲む習わしが定着したと言われています。

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お屠蘇の風習が庶民にも広まったのは、甘めのお酒として本みりんが普及した江戸時代。広島の保名酒や長野の養命酒のような本みりんを用いた薬酒が誕生した時代であり、医者がお歳暮として屠蘇散を贈る慣習もあったとか。正式な作法としては、元旦におせち料理を食べる前に、屠蘇器(とそき)という漆塗りや白銀、錫の銚子に、三段重ねの盃、屠蘇台がセットになった専用の祝い道具を用います。年少者から年長者へ順に飲み送りをしますが、その由来は古代中国の思想家、孔子の教えをまとめた『礼記』の「まずは年少者が毒味をし、その若さや活力を年長者に分け与え、家全体の長寿を願う」という内容。盃は小さいものから順に使い、それぞれを3口に分けて少しずついただきます。地域によって東の方角を向いて飲むなど、多少の違いもあるようです。

今の暮らしになじむ、お屠蘇の楽しみ方

屠蘇散は各家庭や薬屋によって独自の配合があり、漢方薬店や中華・韓国食材店、オンラインショップなどで手に入ります。使い方は、大晦日の晩に、日本酒や本みりん180mlに屠蘇散1袋を浸しておくだけと簡単。伝統的な屠蘇散に用いられる生薬は主に、桔梗根、丁子(ちょうじ/クローブ)、大棗(たいそう/ナツメ)、山椒、山査子(さんざし)、陳皮(ちんぴ)、肉桂(にっけい/シナモン)、桂皮(けいひ/)などがあります。

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いずれも鎮咳・去痰・排膿や、整腸、滋養強壮、食欲増進、疲労回復、抗菌・抗炎症、血行や消化機能の促進といった働きがあり、健康維持に役立つとされているものばかり。お酒に浸せば香りがよく、爽やかでまろやかな味わいになります。これらの生薬は、料理用のハーブやスパイスとして身近なものも多く、スーパーマーケットなどで手に入りやすいものを使って、自分でブレンドするのも楽しいもの。家族や親しい人の体調を思い浮かべながら配合し、年末年始のプチギフトにするのも素敵です。子どもやお酒が飲めない人は飲む真似をするだけでもよいとされていますが、ノンアルコールにアレンジするのもおすすめです。ミルクティーに加えればチャイ風に、赤ワインで煮出せばグリューワイン(ホットワイン)風に。リンゴジュースや豆乳で煮出すだけでも、スパイシーな風味を楽しめます。疲れが溜まりがちな年末年始に、体にやさしいスパイスドリンクとして、日常の暮らしに取り入れてみませんか。

器で味わう“お正月の一杯”

同じメニューやドリンクでも、好みの器で味わえば、よりおいしく感じられるというもの。特に酒器は、香りや口当たり、温度の伝わり方にも影響するため、お酒の種類や飲み方に合わせて選ぶ楽しみがあります。注ぐための酒器としては徳利、燗酒用のちろり、冷酒向きの片口が一般的。片口は匂いうつりに気をつければ、お酒だけでなくお茶や料理にも使える便利な器です。口が広いため、お酒の表面積が増えて香りが広がるのも魅力。飲むための酒器としてはおちょこ、ぐい呑み、グラス、升などがあり、それぞれ素材で味わいが変化します。例えば陶器は多孔質で空気を含むため、お酒の角を取ってまろやかに。厚手であれば口当たりがやさしく、お酒の甘みや旨みを引き出してくれます。

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一方、表面が滑らかで口当たりがシャープな磁器やガラスは、お酒本来のクリアな風味を楽しみたいときに向いています。サイズも大切なポイントで、温度による味の変化がないままに飲みきりたい冷酒や燗酒にはおちょこを、ゆっくり時間をかけて味の移ろいを楽しみたいときは、大ぶりのぐい呑みを選ぶとよいでしょう。また、「お酒は酒器で、お茶は茶器で」と決めつける必要はありません。「お酒の気分だけ楽しみたい」というときは、お茶やノンアルコールドリンクを酒器で味わうのも手。ちびちびといただくだけで、ちょっと特別な味わいになるから不思議です。

身近な空間で私らしい室礼を

年神さまを迎えるためには、家の中や玄関を飾り付ける室礼(しつらい)も大切です。室礼は願いや祈りを託し、目に見えない心をかたちに表したもの。例えば鏡餅には「大切なことが代々続きますように」、しめ縄には「お正月を祝い、悪いものが入らないように」、門松には「長い寿命のある松のように長生きできますように」というように、正月の室礼には、それぞれ祈りや願いが込められています。現代の暮らしにそのまま取り入れることは難しくても、長い時代を越えて重ねてきた古の習わしをヒントにすれば、日々の暮らしがより豊かになるはず。想像力を膨らませ、身近な器や雑貨を使って、自分らしく生活に取り入れてみましょう。

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玄関やリビングの一角に花を飾るだけでも、お正月気分は盛り上がります。この時期に出回る南天は、「難を転ずる」という語呂合わせから縁起が良く、厄除けや魔除けになると考えられています。また、色で華やかさを演出するのも手軽に取り入れられるテクニック。始まりを意味する白と、喜びや活力を意味する赤の組み合わせである紅白は、お祝いごとを象徴する色合いとされています。赤い実が美しい南天を白い花器に生けたり、漆塗りの盆に白い器をのせたり、手持ちの紅白を組み合わせるだけで、ぐんとハレの雰囲気が漂うはず。
参考文献:
■ 書籍
石垣 悟(編)『日本の食文化5 酒と調味料、保存食』吉川弘文館。
神崎 宣武『酒の日本文化』角川書店。
谷田貝 公昭(監修)・坂本 廣子(著)『イラストでわかる日本の伝統行事・伝統食』合同出版。
広田 千悦子『にほんの行事と四季のしつらい』世界文化社。
■ Webページ
政府広報オンライン「VOL.199 JANUARY 2025
[NEW YEAR'S ISSUE 2025] CELEBRATING A BRIGHT NEW YEAR IN JAPAN健康や長寿を願って飲む薬草酒「お屠蘇」」
 URL:https://www.gov-online.go.jp/hlj/ja/january_2025/january_2025-02.html
 (※閲覧日:2025年12月10日)

PROFILE

藤井志織

藤井志織

ライター・エディター。食や暮らし、自然環境をテーマに、雑誌や書籍、WEBメディア、企業コンテンツなどで取材・執筆。読み手の暮らしと社会を、生活者の視点と言葉でつなぐことを目指している。編集した書籍に『TODAY’S MAKE-UP』『ライクライクキッチンの旅する味』『100gで作る北京小麦粉料理』『韓国美・味案内』『始末のよい料理』などがある。Instagram@fujiishiori1979

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