
ヒト
2017.04.13 THU.
アウトレット店舗の在り方を体現する、福岡が誇る接客を愛するヒト。
(株)ユナイテッドアローズには、「セールスマスター」という称号を持つショップスタッフがいます。店頭における所作や売上げ、加えて顧客サービスにも長ける人物に与えられるこの称号は、簡単には獲得することができません。それを2009年から8年間継続して認定されているスタッフがいます。「ユナイテッドアローズ アウトレット 福岡店」の田中 恵さんです。彼女は今年、社内の接客ロールプレイングコンテストである「束矢グランプリ」でも準グランプリを受賞し、人をもてなすことに生きがいを感じるスタッフです。今回は、そんな彼女の接客に対する想いを探ってみましょう。
Photo:Kozi Hayakawa
Text:Masaki Hirano
レギュラー店舗とはスタイルが異なるアウトレット店舗。
―田中さんは入社前からアウトレット店舗での勤務を希望されていたと聞きました。
田中:そうなんです。もともと接客の仕事が好きで、前職のときから大手アパレル企業で販売の仕事をしていたんですが、個人の売上げを競う制度にすこし疲れてしまって。前の会社では、お客さまのためにというよりは、自分たちの評価のために競争しながら接客をする空気があって、私はそれになじめなかったんです。もっと自分のペースでやって行きたいと思ったのが転職のきっかけでした。
―お客さまのために接客をしたいという気持ちがあったんですね。
田中:接客はしたいけど、個人売上げの制度を気にしながら働くのはイヤだと思っていたときにたまたまアウトレット店でのスタッフ募集の案内を見つけて、「ここなら私の望む環境があるかもしれない」と思って応募しました。
−セールスマスターになられたのは入社していつ頃のことなんですか?
田中:入社してすぐのときだったので、約10年前のことです。当時アウトレット店には個人売り上げの制度がなかったので、正直セールスマスターという称号がなんなのかもわからない状態だったんですが、信頼する上司にすすめられたので挑戦してみることにしました。その上司は私の接客に対する想いを汲み取ってくれる方だったんです。
−セールスマスターになる前と後でなにか変化はあったんですか?。
田中:他のスタッフに背中を見せるような意識を持つようになりました。会社にそういった地位を与えられているので、なにかカタチにしたいと思ったんです。自分の持ち味は笑顔で楽しく接客することなので、それを周りに浸透させたい。同時にアウトレットならではの接客スタイルのようなものもみんなに伝えたいという気持ちがありました。
―レギュラー店舗とアウトレット店舗では、接客のスタイルが違いますか?
田中:いまでこそアウトレットにも接客が求められるようになってきましたが、むかしはそうではなかったんです。アウトレット店は商品出しや検品などの販売以外の付帯業務も多いですし、接客が重視されない。そういった状況のなかで他のスタッフに伝えていたのが、お客さまのためになることすべてが接客に値する、ということなんです。
―具体的にはどういったことですか?
田中:例えば、自分が付帯業務中にサイズを探されているお客さまを見かけたとしたら、まずはお客さまにお声がけして「サイズをお探しします」とお伝えする。そして、自分は付帯業務があるから他のスタッフにご案内を任せる。その動作も立派な接客だと思うんです。他にも、今日は全然売れなくて調子が悪いというときでも、そこで落ち込んだままだとプラスにはならないから、掃除をがんばってお店の環境をよくする。エントランス前の陳列が乱れていたら直す。それも間接的にではあるけれどお客さまのためになることだと私は思っているんです。
―まずはお客さまのことを考える意識を持つということですね。
田中:レギュラー店との最大の違いと言えば、大きな声で賑やかに接客することですね。どうしても上品な接客が求められる場所だと大きな声はかえってマイナスに響いてしまうんですが、アウトレットでは活気を出すためにもそういった工夫が必要で。それによって周りのお客さまにも接客内容が伝わりますし、「このお店はアウトレットなのにしっかりと接客してくれる」という認識をしてもらえるんです。
―お客さまの意識もやはりレギュラー店舗とは異なるんですね。
田中:そうですね。お客さま自身が私たちの意識を知らないまま入店されることがほとんどなので、レギュラー店舗とくらべると圧倒的に顧客さまをつくりづらい環境ではあります。とはいえ、どんな店舗であれ顧客さまという存在はお店にとって重要なので、もっと増やしていきたいという気持ちがあります。
つねに笑顔を絶やさず、決して嘘をつかない。
―髙田さんと田中さんの出会いはいつ頃のことなんですか?
髙田:10年前くらいだよね? 彼女が入社してすぐの頃でした。欲しいなと思った商品のサイズがなくて、田中ちゃんが「せっかくお気に召していただいたなら、私取り寄せます!」ってテキパキ動いてくれて。アウトレットでそんな接客受けたことなかったから、すごく印象に残ったんです。
―プライベートでも会ったりはされるんですか?
髙田:彼女がお昼休憩のときに時間を合わせてランチをしたり、都合が合えば私の家に来てお茶をしたりすることもあります。彼女が娘さんを連れてきてくれて、その成長を見守るのも楽しいんです。スタッフとお客という関係上、どこまで境界線をなくすかというのは難しい判断が必要だと思うんですよね。でもそれができるというのは彼女の才能だと思うんです。スーッと自然にいまの関係性ができあがっていて。
田中:本当にうれしいお言葉ありがとうございます。私たちはお客さまに育てていただいているということを実感しますね。
アウトレットでは顧客さまをつくることが難しいと語るが、「ユナイテッドアローズ アウトレット 福岡店」はたくさんの顧客さまを持つ。髙田ともこさんもそのうちのひとりで、田中さんの大事なお客さま。
―髙田さんから見て、田中さんのどんなところが魅力的だと思いますか?
髙田:彼女はとにかく服好きなんです。それが接客にでていて、こちらを楽しませてくれる。あとはどんなお客さまに対しても笑顔を絶やさず明るく接客するところ、嘘をつかないところも魅力ですね。私が試着室から出てきて似合わないとわかると、「うーん…」っていう顔をしているんです(笑)。
田中:嘘をつけないんですよ。髙田さまはモノを大事にされるお客さまですし、他のお客さまにもそうですけど、そういった方に似合わないものをおすすめできないんです。ひとつのモノを大切にされる髙田さまなら尚更です。
髙田:天職ですよ、彼女にとって接客業というものは。
田中:ツイているだけです。この会社に入れたのも、ここで髙田さまに出会えたのも。すべてラッキーなんです。
髙田:でもそれはあなたが引き寄せているんだと思うよ。
田中:今日は褒めて頂いてばかりで本当に気持ちいいんですけど、もうお腹いっぱいすぎて言うことないです(笑)。
アウトレットだってやればできる。それを証明できたのがいちばんの収穫。
―田中さんは社内で開催される接客のコンテスト「束矢グランプリ」で準優勝を獲得されているんですよね。これは誰でも出場が可能なんですか?
田中:本部から推薦をもらって可能になるんですが、実は、私は出場するのがこれがはじめてなんです。それまではセールスマスターとしてずっと審査する側にいたんです。とはいえ、自分が指導する側にいて後輩たちが成長している姿を見ていると「私もこのままでいいの?」っていう疑問が頭のなかに浮かんでいたのも事実で。奇遇にもそんなタイミングで、本部から「田中さん、出てみませんか?」っていう声がありました。
―なるほど、それで出場を決めたわけですね。
田中:じつは少し迷ったんです。出場を決めれば、気持ちがそっちの方向へ向いて家族に迷惑をかけると思って。それで色んな人に相談した結果、背中を押してもらうことができて、出場を決めました。顧客の髙田さんも実はその一人なんです。
―「束矢グランプリ」では接客のロールプレイングをするんですよね。どんなことを意識して臨んだんですか?
田中:まずはアウトレット部内での予選があって、そこでは先程話したような普段通りの接客を意識しました。そうしたら無事に通過して本戦にチャレンジできる権利を得たんですが、ここからは更に険しい道のりになるんです。予選から3ヶ月という時間が空いて開催されるんですが、本戦はユナイテッドアローズグループの各ストアブランドが参戦するので、それぞれに接客スタイルが異なるんです。そこでアウトレット部らしい接客をすればいいのか、それともどこにでも通用するスマートできれいな接客をすればいいのか、すごく悩みました。
―先程、大きな声で接客することはレギュラー店舗ではマイナスに繋がると仰ってましたもんね。それを嫌がる審査員がいるかもしれないと。
田中:そうなんです。それでどちらの接客方法を優先すべきか店長に相談したところ、「両方じゃない?」っていう答えが返ってきて、「あ、そうか」ってなんだかストンと納得しちゃったんですよね。
―具体的にどんな接客スタイルで挑んだんですか?
田中:アウトレットだからといってプライスがダウンしていることをプッシュするのはよくないと思って、値段が安いから「買った方がいい」ではなく「挑戦しやすい」という考えに切り替えました。あと、アウトレットでは各ストアブランドのアイテムが集まってきますからお客さまにそれぞれの特徴をお伝えすることも必要なんです。とはいえ、審査中の限られた時間内にそれを説明していたらとてもじゃないけど接客力をアピールできない。だから「この組み合わせどうですか?」とお客さまに聞かれた場合は「ユナイテッドアローズのパンツはきれい目な印象ですが、そこにアナザーエディションのパンチの効いたアウターを合わせるといいんじゃないですか?」とお答えするようにして、いろんなブランドが揃っていることをアピールできるようにしたんです。
ロールプレイングは普段から店舗スタッフ同士で行われる。これも接客を大事にするユナイテッドアローズらしい一面だ。
―それで臨んだ本戦。見事に準グランプリを受賞されたんですね。
田中:本当にうれしかったですね。なんだかみんなへの使命を果たせたような気がしたんです。予選を通過したときにアウトレット部のみんなの気持ちを預かった感覚があって、私自身がなにかを成し遂げたという感覚よりも「アウトレットだってやればできるんだ」というみんなの気持ちを証明できたことがいちばんの収穫です。いまは本当に心おきなく接客を楽しむことができていますね。
黒いキャップのオイルフレグランスが束矢グランプリにお守りとしてつけていたもの。右側のリボンがついた香水は、準グランプリ受賞した直後、帰宅途中の空港で運命的に出会ったもの。晴れやかな気持ちのなかで気になって購入してしまったそうで、こちらにも縁を感じているんだとか。
田中:これも偶然なんですけど、「束矢グランプリ」直前にお客さまに誘われてフレグランスを購入する機会があったんです。いろんな香りのなかから自分の好きなものを選んだんですが、「これを選ぶ人はがんばり屋さんが多いんだよ」っていう話をしてくれて。なぜかというと、その香りを嗅ぐことで心身がリラックスする効果があるらしく、それに縁を感じて「束矢グランプリ」のときはお守りのようにしてそのフレグランスをつけていたんです。
―素敵なお話ですね。
田中:普段それをつけていると、家族やお客さまからもいい香りだねって言われて。自分にとっての思い出の香りを、周りの人もそうやってよろこんでくれるのがすごくうれしいんです。接客もいままで以上に気持ちを込められますし、がんばろうって思いますね。
―なんだか接客が生きがいのようですね(笑)。
田中:本当にそうなんです(笑)。家族がいてその時間も私にとっては大事。その一方で家族を離れてお客さまをおもてなしする時間も私にとってはリフレッシュの一環なんです。
INFORMATION

PROFILE

田中 恵
2006年入社。「ユナイテッドアローズ アウトレット 福岡店」に所属。セールスマスターの称号を持ち、2016年度の「束矢グランプリ」では準グランプリを受賞。