連載コラム【音楽のある風景】 Vol.5
2012.09.14 NEW
グリーンレーベル リラクシング のBGMを選盤されている、
選曲家の橋本徹さんよりコラム【音楽のある風景】が届きました。
どうぞお楽しみください!
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9月の選曲は「夕暮れ感」を大切に、移りゆく季節を惜しみながら。
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夏と言えばビーチ・ボーイズ──音楽ファンの間では昔から唱えられてきたフレーズですが、
今年はグループ結成50周年、ニュー・アルバムもリリースされ、
久々の来日公演に足を運ばれた方もいらっしゃるでしょう。
かくいう僕も例年になく、彼らの音楽を聴いた夏で、残暑の続くここ数日は、夏を名残り惜しむように、
自分なりのビーチ・ボーイズ・ベストテンを考えたりしていました。
新作のラスト・ソングはその名も「Summer’s Gone」でしたし。
それにしても、学生の頃からやっていることが変わりませんね。
こんな趣味の話題でコラムを成り立たせてよいのか、とも思いましたが、友人たちのリクエストに応えて、
ビーチ・ボーイズの魅力の普遍性を信じて、ここに2012年9月10日時点の10曲を発表させていただきます。
(1)「Forever」
(2)「God Only Knows」
(3)「Caroline, No」
(4)「Surf’s Up」
(5)「Passing By」(or「Time To Get Alone」)
(6)「Deirdre」(or「Disney Girls」)
(7)「Let Him Run Wild」
(8)「Please Let Me Wonder」
(9)「Surfer Girl」(or「Your Summer Dream」)
(10)「Match Point Of Our Love」
ちなみに高校生になった頃、最初に一聴して惹かれたのは、ラジオから流れてきた「Good Vibrations」という曲でした。
オリジナル・アルバムでは『Pet Sounds』『Sunflower』『Friends』の3枚が個人的にはお薦め、というのは25年間変わりません。
(1)~(5)もここ何年か変わらぬ顔ぶれですね。
(1)はやはりデニス・ウィルソンへの思い入れもあってか、無性に胸を締めつけられる一世一代の名曲
(『Sunflower』でのブライアン・ウィルソン歌う「All I Wanna Do」と
カール・ウィルソン歌う「Our Sweet Love」に囲まれた流れもたまりません)。
ビーチ・ボーイズのドラマーにして、ただひとりのサーファーであり、放蕩の美男子。
1983年暮れ、マリーナ・デル・レイの沖合いで痛飲後、溺死。
そんな波乱の生涯に、僕はチェット・ベイカーの儚さを重ねたりもします。
彼の唯一のソロ・アルバムのタイトルが『Pacific Ocean Blue』というのも暗示的で、言葉を失くしますね。
(2)はデニスに激しく入れこむ前は長らくNo.1でした。
“I may not always love you”と歌い出される、汚れのないラヴ・ソング。そこには真実があると思います。
この曲を歌い始めるときのカールの神聖な表情が脳裏に焼きついています。
ポール・マッカートニーが「世界でいちばん美しい曲のひとつ」と表したのは有名な話。
映画『ブギー・ナイツ』でこの曲が流れるシーンも忘れられません。
(3)は僕にとって、ビートルズなら「Strawberry Fields Forever」のような曲です。
『Pet Sounds』からもう少し挙げてよいなら、「I Just Wasn’t Made For These Times」
(これにも「Strawberry Fields Forever」を感じますね)と「Let’s Go Away For Awhile」も。
(4)はこの夏はブライアンによるピアノ弾き語りヴァージョンをよく聴きました。
夕暮れと共に耳を傾けていると、時が止まります。
(5)は何度聴いてもうまく言葉にすることができません。
何かを諦めたような優しい感じ、乾いた感傷が誘う穏やかなノスタルジー。
ここまでの5曲に対して、(6)~(10)は久しぶりのチャート・インという感じでしょうか。
本来なら、「Time To Get Alone」(「Passing By」を聴き終えると、僕は反射的にこの曲を口ずさみます)や
「Busy Doin’ Nothin’」のような、『Pet Sounds』(1966年)以降のブライアンのメロディアスなワルツ~ボサ調の曲が並ぶのですが
(そう、「Add Some Music To Your Day」も忘れてはいけませんね)、
今年は『Pet Sounds』前夜のイノセンス&アドレッセンスを惜しむような歌も胸に響きました。
それでも(6)は、70年代のビーチ・ボーイズらしい陽だまりを感じさせるブルース・ジョンストンの名作で、
やはり彼のペンによる人気曲「Disney Girls」と1年おきに、僕はリストアップしています。
『Pet Sounds』を意識したというブルースの最初のオリジナル作となったピアノ・インスト「The Nearest Faraway Place」も、
過ぎゆく夏の情景をフラッシュバックさせてくれますね。
ブライアンによるバート・バカラックへのオマージュと言われる(7)と、
恋愛の歓びを美しいメロディーとハーモニーに託した(8)は、僕の2012年夏のカラーを反映していると言えるでしょう。
『Pet Sounds』直前という感じのこの路線で次点を挙げるなら、「She Knows Me Too Well」でしょうか。
シングル・オンリーの「The Little Girl I Once Knew」も見落としてはいけませんが。
初期のバラード(9)を選出することになるとは、自分でも予想できませんでした。
というのも、僕はビーチで、というよりは、自分の部屋でひとり聴くビーチ・ボーイズが好きで(暗いですね)、
デビューまもない頃の海やクルマや女の子をテーマにした曲とはあまり縁がなかったからです。
ところがつい先日、七里ヶ浜近くのバーでビールを飲んでいるときに、
不意にこの曲が流れてきて、わけもなく一瞬、瞳の奥が潤んでしまったのです。
何となく照れくさくてリクエストした、同じレコードの好きな曲「Your Summer Dream」もたまらなく身に沁みて、
その夜の大切な時間を忘れないために、ここにエントリーしました。
(10)は久しぶりに今日、『Love You』のB面に針を下ろした勢いで聴いたばかり。
注目されることの少ない1978年の曲ですが、複雑な精神状態を乗りこえブライアンが書いた、切なくも軽快なメロディー。
邦題は「恋のマッチポイント」、恋愛をテニスにたとえた歌詞も、身につまされますね。
思わず「少しは、愛してくれ/夏の風も、照れちまうほどに」と、寺尾聰の「渚のカンパリ・ソーダ」を口ずさんでしまいます。
そうか、「Surfer Girl」はサザンの「栞のテーマ」なんですね(と気づいたり)。
ずいぶん長くなってしまいました。
この連載では、マニア話はできるだけ出さないように、と心に誓っていたのですが、恐縮です。反省。
とはいえ、そろそろ爽やかなストライプのシャツが似合う彼らから、音楽も衣替えしたいもの。
僕は毎年9月になると、「Early Autumn」のメロディーが頭の中に聴こえてきます。
ラルフ・バーンズがウディー・ハーマン楽団に書き下ろしたジャズ・スタンダードで、
僕の好きな村上春樹の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」の印象的なラスト・シークエンスでは、
秋の最初に着るセーターの匂いについての良い描写がジョン・アップダイクの小説に出てくる、という話の後に、
朝のキッチンのラジオから流れてきますね(素晴らしいサックス・ソロはクール期のスタン・ゲッツです)。
実は僕はこの曲のコレクターで、特に女性ヴォーカルのサロン・ジャズには素敵なカヴァーが多く、
「usen for Cafe Apres-midi」などの選曲の仕事で、毎年のようにとてもお世話になっています。
その中でもNo.1フェイヴァリットと言えるパトリシア・バーバーのヴァージョンは、
コンピレイション『音楽のある風景~夏から秋へ』に収められていますので、この季節にぜひとも聴いてみてください。
心地よい秋色の服に身を包んで。
そしてもうひとつ、夏の終わりから秋にかけて強く推薦したい、「夕暮れ感」漂う一枚を。
フランスの知る人ぞ知るピアニスト&シンガー・ソングライター、シモン・ダルメの『The Songs Remain』。
僕は海からの帰り道や、仕事を終えてひと息、というようなプライヴェイトなひとときに
(もちろん、疲れ果て、部屋の灯りを消して、ベッドに入ってからも)よく聴いています。
ライナーで、ジョニ・ミッチェル『Blue』/トッド・ラングレン『Runt. The Ballad Of Todd Rundgren』/
ニック・ドレイク『Bryter Layter』/ビーチ・ボーイズ『Surf’s Up』などの系譜にある、物寂しさや切なさ、
懐かしさをたたえた「青のアルバム」、と讃えられているように、一生の名盤になることをお約束します。
最後も少しマニアックな説明になってしまいました。
他にも紹介したい「9月」や「September」を題材にした名作は、
洋邦問わず数知れないのですが、今回はこの辺で。
お付き合い、ありがとうございました!
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9月の選盤
パトリシア・バーバーの「Early Autumn」を始め、心地よくグルーヴィー、切なくもメロウな名曲群が、
移りゆく季節を美しく演出する、橋本徹さんセレクトによるコンピCD『音楽のある風景~夏から秋へ』
橋本徹さんも“ビーチ・ボーイズ『Friends』とベン・ワット『North Marine Drive』を結ぶ素晴らしいアルバム”と
最大級の讃辞を寄せる、フランスのピアニスト&シンガー・ソングライター、
シモン・ダルメのアコースティックな名曲集『The Songs Remain』
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橋本徹 (SUBURBIA)
編集者/選曲家/DJ/プロデューサー。
サバービア・ファクトリー主宰。
渋谷・公園通りの「カフェ・アプレミディ」「アプレミディ・セレソン」店主。
『フリー・ソウル』『メロウ・ビーツ』『アプレミディ』『ジャズ・シュプリーム』『音楽のある風景』シリーズなど、
選曲を手がけたコンピCDは230枚を越える。
USENで音楽放送チャンネル「usen for Cafe Apres-midi」を監修・制作。
著書に「Suburbia Suite」「公園通りみぎひだり」「公園通りの午後」「公園通りに吹く風は」「公園通りの春夏秋冬」などがある。
http://apres-midi.biz
http://music.usen.com/channel/d03/