連載コラム【音楽のある風景】 Vol.6
2012.10.18 NEW
グリーンレーベル リラクシング のBGMを選盤されている、
選曲家の橋本徹さんよりコラム【音楽のある風景】が届きました。
どうぞお楽しみください!
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10月の選曲は美しく儚く切ない、ロマンスの力を信じて。
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読書の秋、ですね。10/10の時点ではノーベル賞を受賞するのでは、と言われていた村上春樹について書き進めていましたが、仕切り直して1週間遅れの更新とさせていただきました。
僕にとって村上春樹は、作家としてはもとより、学生の頃から好きだった海外小説を翻訳(新訳)してくれる人、としてとても重要です。ここ数日も、秋の夜長、音楽を聴きながら手にしていたのは、フィッツジェラルドとチャンドラーでした。彼の言葉を借りるなら、いくぶん破滅的で、いくぶん感傷的な、そしてロマンスというものの力を信じていた二人。彼らの描く、人格的におそらく破綻してはいるが、それでも何かしら厳しいルールを自分に課して生きている男たち(「グレート・ギャツビー」や「ロング・グッドバイ」を読んでください)に、強く惹かれます。歳を重ねるほどに。「崩壊への引き波」を前にしても、すでに世間では失われてしまったささやかな美学と徳義を手ばなさない男の、美しい幻想と深く苦い幻滅の物語に。
村上春樹と最も関係の深い僕の選曲したコンピレイションCDを挙げるとしたら、『Moonlight Serenade For Star-Crossed Lovers』でしょうか。「月と星と夜空に思いを馳せる音楽」をテーマに編んだ一枚。なぜならエンディングに、「国境の南、太陽の西」の印象的なバー・カウンターの場面で流れる名曲「スタークロスト・ラヴァーズ」のカヴァーを収めているからです。デューク・エリントンとビリー・ストレイホーンがシェイクスピア組曲のために書いた、何とも言えない気怠い哀愁をたたえたメロディー。僕はこのシーンに漂う親密な空気、美しく儚く切ない描写がたまらなく好きなのです(そして、ほろ苦さも)。それは、悲運の恋人たち、ロミオとジュリエット、織姫と彦星のための鎮魂曲のように響きます。
『Moonlight Serenade For Star-Crossed Lovers』には他にも、「ムーン・リヴァー」「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」「ムーンライト・セレナーデ」といった名スタンダードの素晴らしいカヴァーが収録されていますが、さらに僕の大好きな月夜曲((C)奈良美智)を紹介していきましょう。
まず何と言っても、カナダ出身のロック歌手ニール・ヤングの「Harvest Moon」。中秋の名月の歌ですが、今年はその日9/30が台風直撃が予想されたので、前夜にお気に入りのバーで、やはり愛してやまない女性ジャズ歌手カサンドラ・ウィルソンによるカヴァー(ノラ・ジョーンズが主演した映画『マイ・ブルーベリー・ナイツ』でも流れましたね)と共に聴きました。歌詞も穏やかに沁みてきて、僕の考える理想のラヴ・ソング、でもあります。聴くたびいつも、村上春樹がフィッツジェラルドの短篇「冬の夢」に寄せていた、「若さの鮮やかな発熱と老成の切なさ、若さの切なさと老成の静かな温もり」という言葉を想います。ところが9/30深夜はDJイヴェント上がりで、台風一過、きれいに洗われた満月を見上げ、「浮かれとぶ街にMoonlight/やるせないぜGive Me Love Tonight」と懐かしい歌を口ずさんで酔いどれと化していましたが(本来ならトム・ウェイツの「Grapefruit Moon」というロマンティックな歌が浮かぶはずなのですが、酒に酔いすぎると思い出すのは、いつでも中学生のときのヒット曲なのです)。
そしてもう一曲、アイルランドの孤高のブルー・アイド・ソウル・シンガー、ヴァン・モリソンの「Moondance」を。こちらもジャジー&ソウルフルな音楽性もさることながら、歌詞が素晴らしいので、簡単に歌い出しから訳してみましょう。
君の瞳に映る星明かりとムーンダンスを踊る素敵な夜
澄みきった10月の空の下でロマンスが生まれそうな素晴らしい夜
風がそよぐ音に合わせて木の葉がひらひらと舞い落ちていく
柔らかく静かに奏でる君の心の琴線を僕は呼び覚ましたいのさ
夜の魔法がささやきながら静かに見ているのが君にもわかるだろ
柔らかい月の光が恥じらう君を照らしているよ
どうでしょうか。いま自分に必要なのはこの歌詞のようなロマンスだな、と反省してしまいますね。ヴァン・モリソンは他にも秋の歌が多く、その名も「Golden Autumn Day」や「Autumn Song」も最高ですが、「When The Leaves Come Falling Down」にはこんな素敵なフレーズもあったりします。
And as I’m looking at the colour of the leaves, in your hand
As we’re listening to Chet Baker on the beach, in the sand
色づいた木の葉が散る季節に海辺で二人チェット・ベイカーを聴く、なんて僕には胸疼くシチュエイションですね。10月の選盤に、僕が5年前の秋にコンパイルした晩年のチェットの編集盤『Chet Baker Supreme ~ Moonlight In Copenhagen』 も加えておきましょう。
さて、最後にもう一枚、リリースされたばかりのアメリカのシンガー・ソングライターの名作、エリオット・レイニーの『An Aging Sailor’s Dream』も推薦。ボサノヴァとフォークとジャズとAORがまろやかに溶け合い、心に染みわたる歌声とアコースティック・ギターに耳を傾けていると、脳裏に広がるのはまさに秋色の心象風景。大切な思い出が詰まったアルバムを見返しているときのように、甘美な郷愁と儚くもロマンティックな想いが胸を締めつけるラヴ・ソング集です。音楽も美しく染まる紅葉の秋にどうぞ。
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10月の選盤
すべてのロマンティストに捧ぐ「星空で拾った音楽」というコンセプトで
橋本徹さんが選曲したコンピCD『Moonlight Serenade For Star-Crossed Lovers』
チェット・ベイカー晩年の月明かりのように儚くも美しい名演を集めた
橋本徹さん選曲の編集盤『Chet Baker Supreme ~ Moonlight In Copenhagen』
胸に沁みるフォーキー・ボサとソフト&メロウなAORジャズが溶け合う
米国男性シンガー・ソングライター、エリオット・レイニーの『An Aging Sailor’s Dream』
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橋本徹 (SUBURBIA)
編集者/選曲家/DJ/プロデューサー。
サバービア・ファクトリー主宰。
渋谷・公園通りの「カフェ・アプレミディ」「アプレミディ・セレソン」店主。
『フリー・ソウル』『メロウ・ビーツ』『アプレミディ』『ジャズ・シュプリーム』『音楽のある風景』シリーズなど、
選曲を手がけたコンピCDは230枚を越える。
USENで音楽放送チャンネル「usen for Cafe Apres-midi」を監修・制作。
著書に「Suburbia Suite」「公園通りみぎひだり」「公園通りの午後」「公園通りに吹く風は」「公園通りの春夏秋冬」などがある。
http://apres-midi.biz/
http://music.usen.com/channel/d03/