連載コラム【音楽のある風景】 Vol.11
2013.03.22 NEW
グリーンレーベル リラクシング のBGMを選盤されている、
選曲家の橋本徹さんよりコラム【音楽のある風景】が届きました。
どうぞお楽しみください!
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3月の選曲は、春の訪れを歓ぶ素敵な笑顔がこぼれるように。
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東京は早々と桜が開花しました。
春眠暁を覚えず、な毎日ですが、そろそろ春本番ですね。
華やかな春の到来を告げるように、今月まず紹介したいのは、一昨年の今頃にリリースしたコンピレイション
『食卓を彩るサロン・ジャズ・ヴォーカル』。
音楽を聴いて素敵な笑顔がこぼれますように、と願いをこめて選曲した、
美しいメロディーと軽やかなスウィングに胸躍り心ときめく至福の80分です。
このCDには、「It Might As Well Be Spring」(邦題「春の如く」)というジャズ・スタンダードが、
パメラ・ジョイという女性歌手のキュートな歌声で収められていて、
その曲の“I see that I have spring fever, but I know it isn’t even spring”という一節に、
春がやってくる芽吹きの季節、何となく心惹かれます。
“spring fever”という英語は、春先のそわそわと落ちつかない気分をさす言葉で、
心当たりを感じるのは僕だけではないでしょう。
歌の最後では、タイトル・フレーズが繰り返され、「本当に春が来たんじゃないかしら?
まるですべてが春のように感じられるの」となるわけです。
コンピ全体も、ナチュラルでグルーヴィーな、いつになく多幸感あふれるセレクションですので、
色鮮やかな料理やデザートが並ぶダイニングにはもちろん、グラスに注がれたスパークリングワインが輝く午後、
親密な笑顔や和やかなおしゃべりの春の夢のようなひとときにもどうぞ。
ラストに置いたのは、ベティー・リーのチャーミングな女性ヴォーカルによる「The Coffee Song」。
くつろぎのコーヒータイムやティータイムのように、心の底がほのかに温かくなるはずです。
続いては、春が来ると毎年ぜひ、という気分になる、イギリスの女性シンガー・ソングライター、
リンダ・ルイスの「Spring Song」。
その名も『Lark』(ひばり)という名盤を残している彼女の、鳥のさえずりのように瑞々しい歌声と、
アコースティック・ギターの軽快なストロークに心洗われる名曲です。
春の訪れを歓ぶ女性の姿を歌っているこの曲を、僕はカフェ・アプレミディをオープンしてすぐの頃に編んだ
『Cafe Apres-midi Roux』に収めました。
というのも、その前年の春、ウエスト・ロンドンのカフェで彼女と昼すぎから夕暮れまでゆっくりすごしたときに、
「Spring Song」の主人公そのままという感じの可憐で爽やかな人柄に、すっかり好感を抱いてしまったからです。
もちろんこちらも、コンピレイションを通して、木もれ陽の中で聴きたくなるような、
春だからこそ輝きを増す名作揃いのサニー・セレクションです。
春の風が運んでくる心地よさに、ひとさじの切なさと甘酸っぱさ、という感じでしょうか。
カフェ・アプレミディのコンピCDシリーズは、これまでに50枚以上リリースされていますが、5本の指に入る人気作ですね。
そして3月と言えば「三月の水」(ポルトガル語原題「Aguas De Marco」、英題「Warters Of March」)。
ボサノヴァの法王と言われたアントニオ・カルロス・ジョビン(愛称トム)の書いた名曲群の中でも、
これは指折りの人気を誇っていますね。
その最高峰と言えるだろうエリス・レジーナ&トム・ジョビンの名演は、僕は最近、“大人の映画祭”で上映された「アントニオ・カルロス・ジョビン」で、
ふたりの掛け合いの最後に笑い声がこぼれる、あの素晴らしいレコーディング風景を観て、感激を新たにしました。
このヴァージョンは、僕のコンピでは、ジョビン生誕80年アニヴァーサリーで3月のリオを訪れた2007年に作った
『Jobim For Cafe Apres-midi』に収録されています。
夏の終わり(ブラジルは南半球なので、季節が逆になります)の目に映る光景を淡々と描写するように単語を羅列していき、
最後の締めくくりだけ“A promessa de rida no teu coracao”(英詞では“It’s the joy in your heart”)というセンテンスが、
それまでの“間”や“行間”を伝えるように余韻を残します。
「君の心に生まれる生きる希望」と訳せばよいでしょうか。
20世紀の世界文化遺産と言うべきジョビンの名曲集を何か、という方にはぜひ、
この『Jobim For Cafe Apres-midi』を聴いていただきたいと思います。
個人的にも、人生レヴェルで思い入れ深い曲が並んだ、かけがえのない一枚です。
何だか6年前のリオの思い出がよみがえり、遠い目になってしまいましたが、目の前の東京は、春を謳歌するような温かい休日。
僕も波に乗っていこうと、できるだけ陽気な日々を心がけていて、最近のくちずさみソングNo.1は、
中学生のときヒットしていた松田聖子の「チェリーブラッサム」だったりします。
書いていて、ちょっと照れくさくなりますが、ロウティーンの頃に刷り込まれた曲は、歳をとっても忘れないですね。
先週末に、横浜から山下公園まで、ささやかなシー・クルーズをしたときには、
「走り出した 船のあと 白い波 踊ってる」という歌詞そのままの情景に、気分が上がりました。
世知辛い世の中、意外とこういいう瞬間に助けられて、僕らは生きているのかもしれません。
最後にもうひとつ、僕の“心の安定剤”を紹介しておきましょう。
今日(3/20)が誕生日だという、スヴャトスラフ・リヒテルの弾く、バッハの「平均律クラヴィーア曲集」。
20世紀ロシア・ピアニズムを代表する、まさにピアノの詩人リヒテルが奏でる天上の調べ、
“うたた寝のお供”と言いかえてもいいかもしれません。
僕はグレン・グールドやフリードリヒ・グルダによる「平均律クラヴィーア曲集」も持っていますが、
春のまどろみの中で聴くリヒテルの演奏は格別です。
特に甘美で柔らかなプレリュード(ハ長調の前奏曲)。
1970年代前半にザルツブルクの古い宮殿で録られた(鳥の声などの環境音も含む)残響豊かなサウンドは、
本当に天から降ってきたアンビエント・ミュージックのようで、
比較的遅めのテンポや内向的なタッチと相まって、安らかな瞑想へと誘ってくれます。
そして、この旋律が流れる、大好きなジャック・ドゥミの映画「ローラ」のメリーゴーラウンドのシーンを夢想してしまうのです。
春のクラシック(バッハ)を3枚選べ、と言われたら、『サージェント・ペパーズ』や『ペット・サウンズ』を選ぶように、
この作品とカザルスの「無伴奏チェロ」、グールドの「ゴルトベルク」を挙げるだろう(「ブランデンブルク協奏曲」も加えたくなりますね)
クラシック初心者の僕ですが、またこういうコンピレイションも作りたくなってきますね。
追記:
地球の生命や文化の存在を、地球外の知的生命体や未来の人類に伝えることを期待して、
1977年に打ち上げられた宇宙探査機ヴォイジャーには、人類を代表する文化的作品のひとつとして、
グールドの「平均律クラヴィーア」やカール・リヒター指揮の「ブランデンブルク」が搭載されています。
何だか気が遠くなりますが、ロマンティックな話ですね。
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3月の選盤
待ち望んだ春を祝福するような多幸感にあふれた、音楽ファン垂涎の上質でキャッチー&グルーヴィーな名曲カヴァーが連なる、
橋本徹さん選曲によるコンピレイション『食卓を彩るサロン・ジャズ・ヴォーカル』
“午後のコーヒー的なシアワセ”をテーマに、春風のようにサニーでブリージンなソフト・ロック~フォーキー・
ジャズ~ボサノヴァの珠玉の名作が並ぶ、橋本徹さん選曲によるコンピレイション『カフェ・アプレミディ・ルー』
20世紀を代表する名作曲家であり、「イパネマの娘」を始めとするボサノヴァの名曲を数多く書いた
アントニオ・カルロス・ジョビンの、橋本徹さん選曲によるベスト・コレクション『ジョビン・フォー・カフェ・アプレミディ』
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橋本徹 (SUBURBIA)
編集者/選曲家/DJ/プロデューサー。
サバービア・ファクトリー主宰。
渋谷・公園通りの「カフェ・アプレミディ」「アプレミディ・セレソン」店主。
『フリー・ソウル』『メロウ・ビーツ』『アプレミディ』『ジャズ・シュプリーム』『音楽のある風景』シリーズなど、
選曲を手がけたコンピCDは230枚を越える。
USENで音楽放送チャンネル「usen for Cafe Apres-midi」を監修・制作。
著書に「Suburbia Suite」「公園通りみぎひだり」「公園通りの午後」「公園通りに吹く風は」「公園通りの春夏秋冬」などがある。
http://apres-midi.biz
http://music.usen.com/channel/d03/